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ゲーム音楽と歩んだ25年 〜下村陽子ロングインタビュー〜

その8:ライバルは、いつも過去の自分


─ お次は、音楽づくり全般に関する質問をお聞きしていきたいと思います。

25thQA この人がライバルだ!っていうゲーム音楽の作曲家先生はいらっしゃいますか?

下村 あんまり他の作曲家さんは気にしていないですね。たぶん私、気にしはじめるとハマっちゃうので。あんまり他の作曲者さんをライバルとして意識したりはしないですね。かっこいい言い方をすれば、“ライバルは、いつも過去の自分”です。

─ おお。かっこいいですね!

下村 かっこよく言えば、ですけどね(笑)。

25thQA 曲の制作において、上手くいかない事、今まで上手くいっていた事が思い通りにならなくなった、などそんな経験が続いた事がありますか?そんな時でも、モチベーションの維持に大切な事はなんだと思いますか?

下村 そうですね……うまくいかないことは時々ありますけど、本当にダメな時はどうしようもないので、モチベーションは維持しません!

─ 潔いですね(笑)。

下村 そんな時こそ気分転換ですね。私は“逃亡する”ってよく言うんですけど、「とりあえずそっとしておいてください!」と(笑)。忙しいとネットも見なくなっちゃいますね。結局マンガを読むのって、プチ現実逃避じゃないですか。十何冊って本を読むと、そこに集中できて。そうすると実際に旅行に行けなくても、ちょっと現実から離れられることができますからね。……結局、私の気分転換は、常に逃避行なのかなと思います(笑)。

25thQA スーパーファミコン、プレイステーション、ニンテンドーDSなど、幅広いゲームの作曲をされていますが、出力される音が一番好きなハードウェアはなんですか?

下村 難しいな〜。どれもすごく味があって、一概にこれが好きとは言えないんですけど、スーファミの音はすごく独特だなあと思いますね。ファミコンの音はチップチューンで今でも取り入れられてますけど、スーファミの音は、再現しようと思っても難しいんじゃないですかね。

─ ですね。個人的な意見になりますけど、スーファミの音って、サンプリングで実際の楽器に近い音が出るようになりましたよね。でも、ゲーム音楽独特の電子的な音がまだ少し残る、あの絶妙な味わいがあって好きなんです。

下村 そうそう。あの音は、ゲーム音楽としてとても特徴的だと思いますね。

─ あのスーファミっていう機械からしか出ない、っていう意味ではすごくおもしろかったです。

下村 ですね。私、スーファミの音のシミュレーションを試してみたことがあるんですよ。圧縮した音を作って、効果音も入れて……でも、できなかったんです。スーファミって、最大8音までしか鳴らないんですよね。で、次の音が鳴る時に、前に鳴っていた音を、ぶちっと切って鳴るようになってるんです。「後発優先」って言い方をするんですけど。でも今はそういうシステムがないので、強制的にそれをシミュレートしてみたらスーファミっぽくなるかな?と思ってやってみたんですけど、やっぱり何かが違うんですよね。あのハードの、あの仕様だからできる音なんだろうなと思います。

─ そうなんでしょうね。

下村 私、よく思い出すのはスーファミソフトの制作をしていた時のことなんです。『ライブ・ア・ライブ』とか『フロントミッション』では、けっこうオケっぽいことをやってましたけど、今はたぶんできないと思いますよ。だいたいスーファミの8音で、しかも効果音で2音持っていかれるのにオケをやろうなんて、おかしいですよね(笑)。スーファミは本当に独特でした。

25thQA 以前メドレーが苦手というお話がありましたが、聖剣伝説20周年記念のメドレーはお三方で作られていますよね。お一人で作るより色々と大変そうですが、その時のエピソードなどがあればお聞かせいただきたいです…!

下村 あのメドレーは、オーケストラアレンジャーさんがいらっしゃったので、実際に私がデータを書いたわけではないんです。「こういう感じでいきたいね」ってお話を、イトケンさん(伊藤賢治氏)と菊田さん(菊田裕樹氏)を交えてアレンジャーさんとしたんですけど、意見が割れることもなかったですね。3人の意見を取り入れてアレンジしていただきました。

─ 下村さんのイメージ通りのアレンジでしたか?

下村 そうですね。いい感じに仕上げていただきました。あとはリハーサルの時に、細かいところを「ここはもうちょっとこんな感じのほうがいいかな」って話をさせていただいたくらいですね。

25thQA 作った曲が気に入らなくて作り直したり、ボツにして新しく書き直したりすることってありますか?

下村 はい、しょっちゅうです!

─ リテイクをもらう前に、ご自分でボツにすることもあるんですか?

下村 そうですね、むしろそれが増えました。昔は「ボツだったら書き直せばいいや」って思って提出することもあったんですけど、今は、出す前に自分の中で「これはちょっとやめておこう」っていうことが多いですね。

─ 自分の中の求めるハードルが高くなった、と。

下村 そうですね。「これはちょっと違うな」とか、「こんなものは出せない」とか。
自分が納得していないものを出すのはイヤですからね。

25thQA 今までで一番するっと出てきた曲、逆に難産だった曲が知りたいです。

下村 するっと出てきた曲ですか……すごく覚えてるのは、『ストII』のバルログの曲ですね。あの頃作っていた曲の中では、尋常じゃなく早くできたんですよ。
ざくっとしたのは20分くらいで作れました。

─ 20分……! 早いですね。

下村 当時にしてはけっこう早かったですね。それ以降もそれくらい早く作った曲はいくつかあるんですけど、『ストII』は作曲の仕事を始めて日が浅かった頃で、かつゲームもすごくヒットして、みなさんにもすごく好評だったので。すごくよく覚えてますね。

─ これは難産だったなあって曲はありますか。

下村 私、都合のいい人間で、のど元をすぎたら忘れちゃうんですよね。苦しんでる時は本当に苦しんでるんですけど、2、3年経ったら忘れちゃってるんで(笑)。『KHII』のトワイライトタウンは、何度もボツになったという事実が残ってるので「大変だったんだろうな」って思うんですけど、実際はすごく大変だったって気持ちはもう無いんですよ。そういう事実を抜きにして、個人的に大変だったなぁっていう感情だけで思い出そうとしても、なかなか出てこないですね……。

─ 生まれてきた子はみんなかわいい、というわけですね。

下村 そうですね。やんちゃな子や聞かん気の強い子、いろんな子がいます(笑)。

25thQA 下村さんが曲を描く時は、どんなことを考えているのでしょうか?
どんなことを大事にしていますか?


下村 なんでしょうね……実はあんまり何も考えてないかもしれないです。

─ ゲームの世界観をイメージされている感じでしょうか?

下村 そうですね。作曲する前には、シナリオや設定画をいっぱい見て、そこから得たイメージを自分の中にためこんでおくんですよ。でも実際に曲を作っている時は、考えるというよりも、自分の中に自然に残ってるものに任せる感じなんです。

─ 考えるというよりも、感じるままにということですね。

下村 そうですね。そう言うとなんかかっこよく聞こえちゃいますけど(笑)。いやほんとに何にも考えてないんです(笑)。……たぶん、曲ができない時って、「これ、どうしようかな」とか「このコード進行いまいちだな」って、考えてる時だと思うんです。

─ なるほど。できるだけ自然な状態でいたほうがいい、と。

下村 そうですね。そのほうが曲としても作りやすいというか。ポロポロと鍵盤を弾いて、「今のメロディいいんじゃない」って感じで。バルログみたいに20分ってのは、今はさすがに無理ですけどね。今はトラック数も多くて、何トラックでも作れちゃうので……。

たとえば、メロディだけざっと書いちゃったり、大まかな感じのものを書いたりするんですけど、そういう時って無我夢中というか、無心なんですよね。自分の中から出てくるものを、ひたすら音符にして……手が追いつかないって状態なので。考えてる暇がないんですよ。

─ “無心”っていう表現がいちばん近いのかもしれないですね。

下村 そうですね。まあ、つまり何も考えてないんですよ(笑)。
集中して、ほかのことを何も考えずにひたすら音符を綴っていきますね。

25thQA 作曲するときに一番大切にしていることはなんですか?
下村さんの音楽はダイレクトに心に届きます。
私も作曲をするのですがその秘訣を是非教えていただきたいです…!


下村 私がいつも心がけているのは、“絶対に自分がその曲を好きであること”ですね。ただ、単純にそれだけだと、自分が作った曲を客観的に見られなくなるので。それと同時に、聴いてる人の立場になって考えることが必要なんです。

自分が作った曲を「いいね」って思う必要もあるんだけど、「この戦闘曲が入ったゲームを自分がプレイしている時に、はたしてこの戦闘曲でノれるのか?」っていうことも、客観的に見なきゃいけないんです。

─ ユーザーの視点になる、ということですね。

下村 そうです。自分がただ単に好き好き好きって言ってたら、本当にそれだけになっちゃいますから。自分がユーザーに、そしてリスナーになって聴いた時に、「この曲、じつは退屈なんじゃないの?」とか、「じつは大した曲じゃないんじゃないか?」といった、ものすごく冷静な判断をしなくてはいけないんです。

やっぱり商業音楽なので、聴いてくれる方には絶対に不快な思いをさせてはいけないと思いますから。無心で作って、すごく冷静に聴く、と。それは常に意識してますね。

25thQA 『ラジヒス』や『聖剣伝説LOM』など素敵な曲名の作品が多いですが、曲の名前は下村さんご自身で決めてらっしゃるのですか?その場合、どうやって思いついたり決めたりすることが多いのでしょうか。

下村 曲のタイトルは、ほとんどだいたい自分で決めてますね。ただ、『マリルイRPG』シリーズは、ディレクターの窪田さんが、私がつけるタイトルを参考にしてつけてらっしゃいます。

あと単発のお仕事で、たとえばメインテーマを1曲だけ書いて、といった時は、タイトルをつけずにそのままマスター納品した後、気がつくとタイトルがつけられていたってこともありますね。「あっ、こういうタイトルになったんだ」って。そういうこともたまにありますけど、普通に1作品すべて音楽を担当させていただく時は、だいたい私がつけてますよ。

25thQA 曲の制作中で実はこんなことがあった!というような裏話はありますか?

下村 いろんなことがありますよ。以前ツイッターでつぶやいたんですけど、曲を作ってる時のシーケンスデータが、じーっと見ているような顔文字に見えたことがあるんです。あまりにも可愛かったので、それを写メって「これって顔文字に見えるよね?」ってつぶやいたら、「見えるー!」ってリプライをいただいたりしました。

─ 日常の中の、ちょっとしたおもしろいこと的な感じですね。

下村 そうそう。茶柱が立ったとかね。
そういうものってくだらないんだけれど、ほのぼのできたりしますね。

25thQA 作曲のインスピレーションは、どんな時にわくことが多いですか?

下村 どこでわくか、まったくわからないですね。ブランカみたいに、電車の中で紙袋見てとかもあるわけですから。それは本当にわからなくて……。でも、そういう普通の時にひらめいちゃうのって、やっぱりそれだけの力がある曲なんだろうなって思います。

私、普段は家でずっとパソコンに向かって仕事していて、鍵盤を弾きながら作曲するんですよ。弾いてみて「あっ、これいいんじゃない」っていうことが多いんですけど、それは仕事に向かってて出てくるものじゃないですか。でも、全く何も考えていない時に突然ボッと出てくるっていうのは、やっぱり何かがあるんじゃないかと。音楽の神様が、これを書けって言ってるんじゃないかな、と思いますね。

─ 神様が降りてくる、と。

下村 降りてきたことに気づいてなくて、「ああ!待ってー!」ってことも多かったりするんですけどね(笑)。

25thQA 下村さんはどうしてあんなにいい楽曲を思いついてしまうんでしょうか?

下村 どうしてそんなに嬉しいことを言ってくださるんでしょうか!(笑) いや〜、ありがとうございます。嬉しいですね。私本当に小心者っていうか、自信ない子ちゃんなので、自分で「本当に、これ、いいのかな……?」ってドキドキしちゃうタイプなので。そんな風に言ってもらえると自信がつくので、嬉しいです!


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